術法師

(冒頭部抜粋)

 見上げた瞬間に数える気も失せてしまうほどの長い石段を登り詰めた先に、勇量寺という寺はある。長い歴史を表すかのように侘びた風合いが出た参門を、二人の僧侶がくぐっていく。早くも日が傾き、赤い陽光が屋根瓦に踊る頃合いになっていた。
「老師。智深やって参りました」
 二人の若い僧侶のうち、やや背丈が小柄な方が、墨染めの衣を着た老僧に両手掌を合わせる。小柄とはいえそれは連れと並んだ場合のことであり、参門を下り街の者たちの中に混じれば屈強な部類に入ることは間違いない。
 勇量寺の住持である老僧は如何にも気難しげな顔で黙ってただ頷く。続いて智深とともに参門をくぐった大柄な方が老僧に合掌する。
「智賢老師。海尊と申します。しばらくお世話になります」
 老僧智賢は海尊にもまた黙って頷いた。二人の若い僧侶をじっと見比べ、それから唸るような声音で智賢は告げた。
「よくぞ勇量寺へ。智深、海尊、いずれも隔てなく扱う。無心に」
「務めます」
 智深と海尊の声が重なった。手掌を合わせ、軽く目を伏せた時、智深は思った。物心ついた時に見たのと一切変わらぬ人だ、と。
 勇量寺は智深の今後の修行場であると同時に生家でもある。つまり智賢は智深の師であり祖父である。しかし誰に指示された訳でもなく僧侶を志した智深は高校、大学と一貫して全寮制の宗門校に学んだ。そして得度を受け、他の寺で三年の修行を終えた後、新たな修行場としての勇量寺にやってきた。
 この寺での修行の末に、住持つまり勇量寺を守る僧侶である智賢から印可を受けて、再びよその寺へ出るかもしれない。勇量寺が終の住処となるかもしれない。それは智深とともに参門をくぐった海尊も同じはずである。
「やあ、出迎えが遅れてすまない。二人とも無事に到着で何よりだ」
 唸るような低く重い智賢老師の声とは似ても似つかぬ朗らかな声が近づいてくる。智深はそちらに目を向けた。僧衣ではなく作務衣を着て、頭に手拭いを巻いた中年僧侶が僧堂のほうから草履履きで歩いてくる。
「智深に海尊君だね? 私がこの寺の知客の智仰だ。以後よろしく」
 智深と海尊は改めて智仰に向かって合掌する。智仰もまたそれに合掌で応えた。
 言うまでもなく智仰は智賢の子であり、智深の父である。智賢とは違い智仰には海尊について「よそ様の子を預かる」という気持ちを持っているようだ。どちらかと言えば、智深には祖父智賢の態度の方が有難い。血縁があろうとなかろうと等しく修行僧として扱われる方が父にも祖父にも、海尊にも妙な気を使わなくてすむ。
「老師、相見は本堂で……」
「すんだ。寮に案内してやれ」
「あ……はい」
 変わらない。やはり智深は思った。僅かの愛想もなく必要最小限のことしか言わない祖父と、穏やかなのはいいが少々気弱な父。とても親子とは思えない性分の違いは智深が出家する以前と何ら変わりがない。懐かしいと言うよりは面白味がない。二十代半ばの智深にはそう思える。
「じゃあ、智深に海尊君。私についてきてくれ。寮に案内しよう」
 手持ちの荷物は大きくもない鞄が一つきり。最小限の着衣と仏具のみだ。修行のためいくつもの寺を渡り歩くうちに荷物を小さくまとめる技術とでも言うべきものが身についてくる。智深は海尊の来歴を知らないが、僧衣の整え方や荷物のとても小さなことから、自分よりも年長で修行暦も長い先輩僧なのだと見当をつけている。
 鞄を手に海尊ともども智深は智仰について歩こうとした。その背中に声がかかる。
「智深。お前は残れ」
 見返ると智賢が老人とは思えぬしゃんとした姿勢で仁王のように立っている。智深は仕草で智仰と海尊に先に行くように促し、踏み出しかけた足を戻した。
 それを見ると智賢は無言のまま方丈つまり自分の居室の方へと足を向かわせた。智深はそれに続く。日は沈み、辺りは宵闇に包まれようとしていた。
 今では「方丈」と呼ぶその部屋を幼い頃は「じいちゃんの部屋」と呼んでいた。古い建物の外れにある方丈は静謐で物音を立ててもすぐに何処かに吸い込まれてしまうようだ。
 壁際に据えた文机の前に腰を落ち着けた智賢が手で智深にもそうするように示す。智深は僧衣の裾を割って結跏趺坐に座った。
「よく修行してきたようじゃな。見違えた」
「恐れ入ります」
「武法もよく修めたようじゃな」
「はい、努めております」
 智深が修めているのは仏門の一派であるが、勤行や仏会などの仏法とともに徒手空拳の格闘術である武法も修行のうちに入る。肉体と精神とは切り離せぬものであり、肉体を鍛錬することなく精神は強くはなり得ないという思想の下に武法を行う。他の宗派とは別に、智深たちの宗門の僧侶が特に「武僧」と呼ばれることがあるのはこのためである。
 智深は海尊と並ぶとやや小柄に見えたが、肩は広く胸は厚く、体格は武道家のそれであった。生まれつき体躯に恵まれていた訳ではなく、武法の修練によって成長したのだということは智深の祖父でもある智賢のよく知るところである。
「して、智深。術法の修練は怠ってはおるまいな?」
 一際低い問いに、智深は即答する。
「勿論です」
 その返答を聞いた智賢の目が文机の上の香炉を見た。即座に智深は両の手指を重ね合わせ、印を結んだ。小さく唇を動かし、呪を唱える。
 ジリ……と微かな音が立ち、香炉から白い煙が細く立ち上る。続いて伽羅の芳香が室内に漂いはじめた。
「火の術法、確かに認めた」
 智賢は小さく、しかし深く首肯する。だが面持ちは厳しいままに句を続けた。
「術法が現代に生きていることは秘しておかねばならんぞ。窮してもみだりに使ってはならん」
「守っております」
 二十四才という年齢に不似合いなほどの荘厳さで智深は答えた。
 智深が術法を覚えたのは僧名を得る以前のことであった。宗門の本山においてさえ術法とは歴史の遺物―――伝説に過ぎぬとされている。現代の世で術法が機能していると知っているのは智賢と智深と他に一人のみ、同じ宗門の者でさえおとぎ話の類だとしか思ってはいない。
 それは術法が一子相伝、門外不出のものであり、智賢が己の代で術法は絶えると決めてしまったことから起こった隔世伝承のためである。一子相伝の秘術を継ぐ実力を実子智仰に見出せなかった智賢は自らをもって術法の伝承を絶つ覚悟を決め、秘伝書を方丈に隠匿していた。
 それをいたずら盛りの智深が見つけてしまい、自分なりに解読を試みたのだった。それが分かったのは、智深が秘伝書からこっそり書き写した火の術法を境内の書庫で用いて作ってしまった壁の焦げ跡を智賢が見つけたからだ。
 先代の教授なしに術法を現出させた智深の素養の豊かさを、智賢は内心に驚愕した。そして諦めていた秘術の伝承を孫である智深に行い、かつこれを秘匿しておくように厳命したのである。
 その後、智深は僧侶となり、宗門の学舎に学び、他の寺院での修行を経て生家である勇量寺に戻り、今に至る。いたずら心から発見したものの重さを、僧侶となり分別を持った大人となった智深は総身に強く感じている。それが証拠に、祖父の指示なくして術法の呪を唱えたのは僧侶になる前の一回きりである。
 智賢は再度首肯した。
「よかろう。今後も秘は守り、修練を惜しまぬよう。先に言うた通り縁者ではなく修行者として扱う。そのつもりでおれ」
 告げてしまうと皺を帯びながらも大きな手が退室の許可を与えた。黙礼して、智深は退がった。
 方丈から境内へ出ると屋外は日が落ちてしまい、闇夜だった。これから出家前に使っていた母屋の部屋とは違う、僧堂内の寮へ向かわなければならない。少年の頃を過ごした部屋へは最早や戻れないのだ。智深は改めて鞄を取り直し、境内を横切ろうとした。
 闇夜の中に白いものが揺れる。目を凝らす前に白いものの方から声がした。
「智深。丁度よかった」
 智仰の声だ。闇に白く揺れているのはどうやら智仰が頭に巻いている手拭いのようだ。
「じいさんに絞られているんじゃないかと思ってな、そろそろ呼びに行こうと思ってたんだ。お小言だったんじゃないか?」
「いえ、叱られていた訳じゃ……」
「じゃあ、お説教か。どっちにしても肩が凝るな。部屋に荷物を置いて―――」
 近づいてきた智仰の表情がやっと読み取れるようになり、いつもの微笑が見えたと思った瞬間、智深はその背後にただならぬ気配を感じた。
「―――父さん!」
 智深は草履履きの足で一歩踏み出そうとした。しかし一瞬の違いで智仰の身体は地面に倒れた。
「誰だ!」
 地面に倒れた智仰をかばいながら智深は武法の構えを取った。相手が飛び道具を持った者でもなければ十分に渡り合えるだけの修練は積んできたつもりだ。
 だが刹那、闇に閃くものが見えた。そう思った瞬間に僧衣の袖が落ちる。鋭利な刃物で切り裂かれたように僧衣がパクリと口を開く。どうやら相手は飛び道具を備えているようだ。
「……姿を現せ!」
 早く闇に目が慣れてしまえばと智深は視覚に意識を集中してみるが、墨を流したような闇の中に墨染めの衣を探すようなものだった。見えるのは闇の濃淡だけだ。その中にまた何かが小さく閃いた。小さな疾風が智深の剥き出しになった腕をかすめる。
「ぐわぁっ!」
 背後で智仰が苦悶の声を上げた。振り向いてみれば倒れた智仰が肩を押さえており、その肩には何かが突き出して―――いや、刺さっているのだ。
 智仰の肩口にはナイフが刺さっていた。自分の僧衣の袖が落とされたこと、腕をかすめた疾風、それ等を考え合わせると、ナイフは投擲されたもののようだ。狙われたのは自分なのか智仰なのか分からないが、これ以上智仰を苦しませる訳にはいかない。智深は武法の構えを解いた。
 拳を開き両の手指を組み合わせて印を結ぶ。短い呪を唱えて気合を込める。
「はッ!」
 カッと強い光が境内を照らし出す。光の術法が効力を表したのだ。投擲用ナイフなどという飛び道具の使い手がいるのだとしても、射程距離はそれほど長くはないはずだ。智深は素早く境内に視線を巡らせた。
「早速、術を使いやがったな」
 低い声が呟くのが聞こえた。声の方を振り仰げば築地の上に人影がある。そちらに身体を向けたが、影は素早く境内に植えられた大振りな松の木の影に姿を潜めた。続いて別の呪を唱えようと智深は再び両手を合わせ印を結ぼうとしたが、三たび飛来したナイフに阻まれてしまう。
 次第に淡くなっていく光を頼りに間一髪で避けたつもりだった。しかしナイフは智深の身体の脇をかすめ、帯を断ち切った。帯でまとめられていた僧衣がはだけ、鍛えられた身体が露わになる。僧衣の上からだと細く見えるが、その中身は屈強なものだ。
「ほう、うまそうな身体をしているな。いずれ獲って食らってやるぞ!」
 捨て台詞だった。それを限りに智深が察知した気配は掻き消えた。松の陰にも人影は既にない。
「何事か!」
「どうしたのですか!」
 異変に気づいて駆けつけた二人がやっと叫んだ声が重なった。方丈から出てきたのは智賢、僧堂から現れたのは海尊だ。
「父さんが……救急車を呼んでください!」
 智深が声を張り上げると弾かれるような勢いで海尊が走り出した。一一九番通報に走ってくれたのだろう。影の気配が消えたと知った智深は自らの着衣の乱れも顧みず、地面の上で苦痛に呻く智仰を抱え起こした。
  見れば、苦痛に身悶えるうちに抜けたのか智仰が自分で抜いたのか分からないが、肩に突き刺さっていたナイフは肩にはなく、地面に転がっている。
 傷は深くはなさそうだが出血が夥しい。智深は治癒の呪を唱えようと手を挙げた。途端に一喝される。
「不届き者め! まだ繰り返そうとするか!」
 智賢の一喝は身体の芯にまでビリビリと響くようだった。
「みだりに使うなと言うたばかりであろうが!」
 先ほど術法を使い、今もまた使おうとしたのだということが智賢には分かっているのだ。
「しかし、父さんが」
 いつもならすぐに頭を垂れる智深だが、今ばかりは食い下がる。緊急事態なのだ。仏法、武法とともに宗門の法であった術法は、人を助けるためのものであったはずだ。今こそが使うべき時ではないのか。その智深の思いをよそに智賢は頑として言う。
「例え親や師が危機に瀕しておろうと術法を使ってはならん」
「では何のための術法ですか!」
 智深は珍しく声を荒げた。もどかしすぎる。助けるべき者が目の前にいて、助けるための術を身につけているのにそれを使ってはならぬとは。歯を食いしばる智深に静かな声がかかる。
「智深……老師を怒鳴りつけるとは失礼にも程があるぞ」
 腕の中に抱え上げた智仰が弱りながらも威厳を保とうとする声で、冷静さを欠いた智深をたしなめる。
「老師はお前の師であると同時に私の師でもある。私の師に無礼は許さん」
「……申し訳ありません、智仰師」
 智仰の身体を抱える腕に血の生々しさを感じながらも、智深は何とか節度を呼び戻した。

 

 傷を負った智仰が病院を出て再び勇量寺の知客として務めるようになったのと、智賢の要請により宗門の本山から調査員が派遣されてきたのは、ほぼ同じ頃だった。
「本山は事の大きさを分かってはおらんようだな」
 派遣されてきた調査員の顔を見るなり智賢は言った。肩の傷を治して退院してきたばかりの智仰が二人の間に立って何とかとりなしたが、斎堂で茶を喫しながら智深から事情聴取をする段になって、まだ若い調査員は如何にも不機嫌そうに文句を垂れた。
「俺だってじいさんのために来てやった訳じゃねえっつの」
「ごめんよ、明仁。じいちゃんだって明仁を嫌ってる訳じゃないんだ。大目に見ておいてくれないか」
 本山から来た調査員は智深の昔馴染みで、中学生の頃から付き合いがある。その頃から智賢と明仁は反りが合わず、度々冷戦が起こっていたものだった。
 明仁は長机を挟んで向かい側に座っている智深に苦笑してみせた。
「分かってるよ。老師殿は口が悪いだけなんだよな、俺と同じで」
 智深は答える代わりに両肩をすくめた。何とも答えようがない。さりげなく話題を移してみる。
「しかし……まさか明仁が本山の使いで来てくれるとは思わなかったよ。驚いた」
「兵武部から一人派遣するって話が出た時に部長と直談判したんだ、俺を出してくれって。……そろそろお前がここに戻る頃だろうと思ってな」
 視線が合いそうになった刹那、明仁は顔を背けた。耳朶が赤く染まっている。智深は笑みがこぼれるのを堪えきれなかった。
「ありがとう。気にかけていてくれたんだな」
「あ、いや、その……事件の夜のこと、話してくれないか」
 明仁は小さく咳払いをして、自分が着ている作務衣の襟を両手で正した。本来の任務に戻る旧友を窺い見て、智深もまた修行僧の表情に戻る。
「月もない闇夜だったから事の詳細はおれにも分からないんだが……おそらくおれや父さんを襲ったのは一人だったはずだ。複数いたとすれば、おれも父さんも黒髭の玩具みたいにナイフだらけにされていただろうから」
「投げナイフなんて音も立たない飛び道具を使う上に仲間がいないとなると身軽で有利なはずだが……じゃあ何で逃げたんだ?」
「おそらく、面が割れそうになったからだろう。おれが……急に周りを明るくしたから」
「あぁ……」
 首をまわして明仁は斎堂の中を見まわし、人影がないことを確かめた上で声をひそめる。
「術法を使ったのか」
 智深は黙って頷いた。現代において術法が現実に機能していることを知っている智深と智賢と「他に一人」とは明仁のことなのだ。
 宗門の高校に入学する前のこと、たった一度きり智賢の監視なしに術法の呪を唱えたその場に明仁は居合わせたのだ。そして智賢から堅く口止めされた。勿論、明仁はこれまで一切誰にも漏らさずにいる。
「そりゃお前、ナイフよりじいさんの方が恐かったんじゃないか?」
「同じぐらいかな」
 予想し得た返答だったが、それでも明仁は勝気な上がり眉を下げずにおれない。智賢が落とすカミナリの恐さは明仁も十分知っている。
「どちらにしても今、こうして生きているんだから、それだけでありがたいんだけど……どうも腑に落ちない」
「襲われる心当たりがないってことか」
 智深は頷く。多くを言わずとも言わんとすることを汲んでくれる旧友をありがたいと思う。
「おれはこの寺に戻ったばかり、これまでいた修行先でも揉めたことなんて一度もない。父さん―――智仰師が敵を作るような人じゃないってことは明仁もよく知っているだろう?」
「確かに……智仰師を逆恨みしようとしたってよっぽど捻じくれた奴でもないと出来ないことだよな」
「それなのに、あの夜最初に一撃を食ったのは智仰師なんだ」
「同じ庭にいて、か?」
 明仁が長机の上に少し身を乗り出してくる。当夜を改めて想起しながら智深は話して聞かせた。
「おれが方丈から庭に出た時、智仰師はおれを迎えに庭の中程まで出て来ていた。おれが近づこうとした時に何かが一瞬、宙で光って、そして智仰師が倒れた」
「その光った物ってのが飛んできた投げナイフだった訳だな。智仰師もかなり捻じれた奴に狙われたもんだ」
 太く発達した腕を組んで明仁は吐息をついた。
「投げナイフなんて特殊な飛び道具を使えるようになるか、使える技術を持った奴をわざわざ金で雇う程の強い怨恨を持った奴がいるってことだからな」
 ナイフを正確に投擲するためには最低でも二つの要素が必要になる。投擲する技術と投擲用に造られたナイフだ。どちらが欠けても正確に標的を仕止めることは出来ない。しかし、どちらも容易に手に入るものではない。
 誰が。何のために。どうやって。
 考えれば考えるほど分からないことが増えていく。沈思する智深に、明仁は言った。
「投げナイフなんて派手な方法を使ってまで襲ったのに、賊はとどめを刺し損ねてる。近いうちにまた現れるだろう。とりあえず今夜は俺が智仰師の部屋の番を―――」
「貴僧では心許ない」
 明仁の科白を遮ったのは智深ではない。智深は声が聞こえた方、明仁の背後を見た。大柄な僧形が立っている。
「海尊。いつからそこに?」
 気配がなかった。草履履きなのに足音も。いくら静かに歩こうが草履のふちは地面を擦るし僧衣は衣擦れするはずだ。それに海尊は会話が出来るほど近くに来ているのに気づかないほど存在が希薄なはずがないのだ。智深よりも背も胴まわりも大きな男なのだから。
 不意に聞こえた背後からの声に明仁も息を飲んでいる。明仁の面持ちは少々悔しそうでもあった。
 智深も明仁も武法を修めていて、何者かの気配を察知する能力は常人以上に鍛錬されている。特に明仁は宗門本山の兵武部という武法の指導者を束ねる部署の役人でもあり、その分、他の武僧たちよりもさらに鋭敏なはずなのだ。それなのに背後を取られ、科白をさらわれた無念は智深にも察せられる。
「海尊と言ったな。初めましてよりも先に心許ないってのは大したご挨拶じゃないか」
「これは失敬。しかし事実だ。体格も腕力も貴僧より私の方が勝っている。おそらくは武法の技量も」
「へえ……本山兵武部の武僧を捕まえて言いたいことを言ってくれるじゃねえか」
 ドンと強く長机に手をついて明仁が立ち上がろうとする。その作務衣の袖を智深は慌ててひっ捕まえた。
「明仁!」
 立ち上がって武法の構えを作ろうとする明仁の名をきつく呼ぶことで諫め、智深は明仁越しに海尊に問いかけた。
「海尊。明仁よりも勝っているということは、お前なら智仰師の護衛が確実に出来るということだろうか?」
「いかにも。侵入者の狙いが智仰師にあるのならば護衛には私をつけるのが得策。その上で明仁は智深の護りについてはどうか」
「おれの?」
 大柄な体躯に似合った低い声で淡々と述べる海尊に、智深はとっさに問いを重ねた。思案のうちではなかったことを言われたからだ。
 半ば驚き半ば訝るといった風の智深に対し、海尊は斎堂の間口近くに立ったままで変わらず淡々と続ける。
「主たる目的が智仰師であったとしても、事件の現場に居合わせた智深に顔を見られている可能性がある侵入者は、おそらくは智深をも再度狙うのではなかろうか。私が智仰師を、明仁が智深をそれぞれ護衛しつつ日を務める。こうした方が被る害を最小限に食い止めることが出来ると思うのだが、明仁、どうか?」
 海尊の視線が智深から明仁へと移る。視線の先で明仁は再び腕を組んでフムと唸った。しばらく宙を眺め、チラリと智深を窺い見てから腕を解いて答える。
「いいだろう。その案、もらった」
 このような次第で、一日の務めを海尊は智仰につき、明仁は智深について行い、務めを終えて僧堂に戻る時も各人それぞれの組み合わせで行くこととなった。
 智深が部屋に入り「本来一人部屋だから狭いけれど」と明仁を招き入れようとした時、明仁は「部屋の外で不審者が現れないか見張る」などと言って頑なに拒んだ。そこで智深は一言問う。
「同じ部屋で睡るのが嫌なほど、おれは嫌われているのか?」
「あ、いや、全然そういう訳じゃ……!」
 慌てて明仁は智深の部屋に入った。
 明かりを消し、「おやすみ」の挨拶を交わし、部屋に一組きりの寝床の上で二人は睡るために黙した。室内に静寂が満ちる。だが時間が過ぎても一向に寝息が立たない。やがて焦れた声の呟きが漏れる。
「ちくしょ……」
「―――明仁?」
「我慢出来ねえ!」
 智深の隣に横たわっていた明仁が跳ね起きて、仰臥している智深の上に身体を重ねた。逞しく太い腕が智深の身体にまわり、ギュッと強く抱き締める。
「いくら坊主でも、惚れた奴と一緒に寝て何にもしねえで我慢なんて出来ねえよ」
 呻くような声が智深の耳元で呟く。明仁の腕の中で智深は慌てる様子もなく、むしろ火照った声を漏らした。
「すごいな……明仁、硬くてドクドク脈打っている」
 太股に押しつけられている感触を楽しむように智深は軽く脚を揺すった。
「うあ……惚れた相手に身体くっつけてるんだ、おっ勃って当たり前だろ。坊主だって男なんだから」
 息を荒くしながら明仁は智深の身体に押しつけた部分をグングン大きくしていく。
「ずっと……ずっと好きだった。坊主になる前から」
「明仁……」
「気色悪いか、男が男をなんて。でも惚れちまったんだ、仕方ねえだろ」
 身体の興奮が高まるのを抑えきれない様子の明仁の呼吸はどんどん荒くなっていく。耳元にかかる荒い呼吸と太股に押しつけられている硬いモノの脈動が同調していこうとしているようだ。智深はその脈動をさらに促すように膝を軽く突き上げる。
「うれしいよ、明仁」
「お前……んっ」
 抱き締められながら智深は両腕を伸ばし、明仁の頭を抱え込んだ。唇を合わせる。やわらかな唇を何度も吸い、舌を差し出す。明仁はすぐにその舌を口の中に吸い込み、自らの舌を絡めてきた。
 体温が急上昇し、血流が一ヶ所に集中していく。互いの身体を寝間着越しにまさぐり合いながら智深と明仁は唇と舌を貪り合った。
「とろけそうなキスしやがって。ビンビンになりすぎて先っぽが痛えや……もう止まんねえぞ」
 長いキスから解放された明仁は、今度は智深の首筋に唇で吸いつく。ピクンと智深の身体が反応する。寝間着の帯を解き、手のひらを一杯に使って裸身を探ってくる明仁に、智深は問いかけた。まともな言葉を口に出すには、手や指や濡れた舌に肌を撫でられるこそばゆいような快感に耐えなければならなかった。
「坊主になる前からか……じゃあ明仁、今までおれをオカズにセンズリかいてたのか?」
「当たり前だろ。お前以外に誰をオカズにするんだ」
 身体を探る手が、いつの間にか智深を全裸にしていた。その裸身の正面に硬く屹立するチンポを明仁のごつい手が鷲掴みにする。それだけで智深は身体に微弱な電流を通されたような快感を味わった。
「あ、くっ……おれの、おれのどんなことを想像してイッた?」
「そんなこと知りてえのか。想像してたこと全部ヤッてやるよ」
 獣のような荒い呼吸の中でそう答えると、明仁は先走り液を滲ませはじめた智深のチンポに食らいついた。ヌメッとした舌と唇に敏感な部分を捕らわれ、智深は身体を震わせてしまう。
「んぐっ、んん……もうこんなにガマン汁一杯漏らしやがって。うめえ、うめえぞお前のチンポ」
 上せた声で言いながら明仁はジュルジュルと音を立てて智深にしゃぶりつく。
「ぐ、う、はぁ……」
 声を上げないように智深は必死に堪える。だが舐められ擦られ強く吸われるうちに情けない声が漏れ出してしまう。僧侶としての禁欲生活が当たり前の日常になっている今だからこそ、一旦火がつくと激しく燃え上がる。実は智深にとっても明仁は憎からぬ存在だったのだ。
「あ、あぁ明仁……」
「感じてんのか。俺にチンポしゃぶられて感じてんのかよ智深。……ちくしょう、先っぽが痛くてたまんねえ」
 明仁が股間に顔を埋めながら呻き、熱い吐息を智深の快感に疼くチンポに吹きかける。智深はたまらなくなって明仁の身体に両手をかけ、上体が重なり合うように引き寄せた。逞しい胸板を重ね合い、明仁の張り詰めたモノに手を伸ばす。
「あ、馬鹿、何す……うっ!」
 明仁のチンポは痛みを訴えるだけあって人間の身体の一部とは思えぬほど硬くなっていて、焼けつくような熱を持っていた。強めに握り、ゴシゴシと二、三度扱いてやると明仁は早々と張り詰めた硬い先端から真っ白に濁った粘液を弾けそうに噴き上げた。ビュッ、ビュッと激しい勢いで大量の白濁液が智深の厚い胸や割れた腹の上に撒き散らされる。
「う、あ、止まれ、止まれっ! はっ、はぁっ……」
 ビクビクと太い砲身を脈打たせながら精液を吐き出す己のチンポの先端を明仁は手で押さえるが、それでもなお射精は止まらない。太い指の間からドロリと白くネバついた液が漏れ出してくる。
「ちくしょォ、何しやがんだ。俺、もっと……」
 肩で大きく息をしながら明仁は甚だ悔しそうに声を詰まらせた。夜の暗さに慣れた目で見上げてみれば、喧嘩に負けた少年のように唇を噛み締めている。智深はその表情に股間が疼いた。射精が終わってもなお硬いままそそり立っている明仁のチンポから手を離し、明仁の精液にまみれたその手で己の勃起を掴む。
「あ……!」
 掴んだ肉棒の先端で明仁の尻の谷間を擦り、入口を探し当てる。智深のチンポはとめどなくガマン汁を垂れ流しており、ヌルリと明仁の引き締まった尻の谷間に滑り込む。絶頂が終わったというのに明仁は敏感に反応して表情をクシャクシャにし、ビクッと震えた。それが智深をより太く硬く勃起させる。
「あひぃッ、感じるっ! お前のチンポでそんなとこ擦られたら俺、感じちまうッ」
 明仁の秘められた入口の周辺を、智深は濡れた亀頭でヌルヌルと擦る。それだけで明仁は逞しい体躯を悩ましげにくねらせて身悶える。その姿態は智深がこれまで懸命に封じ込んできた野性を呼び覚ました。
「あ、俺また勃って……ぐうっ!」
 ズブッと音が聞こえそうな勢いで智深は己の硬くふくれ上がったモノで明仁を貫いた。智深の身体に跨る格好になっている明仁は身体の中心をチンポに刺し貫かれ、またも悩ましげに喘ぐ。
「うう、入ってる。お前の硬いチンポが俺の中に……あぁっ、太くなるぅっ」
「明仁すごい……すごく熱くてヒクヒクして、気持ちいいよ、お前の中」
 意識しないうちに腰が上下に動き出すのを智深は止められなかった。下から明仁の奥深くをズンズン突き上げる。
「うっ! うぅっ! すげ、すげえよ……夢みてえだ、お前とこんな……ああぁっ!」
 歯を食いしばり、明仁はせつなげに表情を歪め、頭を振る。引き締まった腹の前ではさっき射精をすませたはずのチンポが完全に勃起してしまい、ビンビンと反り返っている。智深は自分の身体に跨っている逞しい男を泣き喚かせたいという獣の欲が己の中にふつふつと湧き上がってくるのを悟った。
「明仁、おれのチンポ、そんなにいいのか。もっと、もっと突いてやるぞ」
 グイグイと跳ね上がるように腰を突き上げ、智深は太い勃起を鍛え上げられた武僧の身体に突き入れる。明仁の尻たぶに腰を叩きつける勢いで智深は抜き差しを繰り返した。
「すげえ、すっげえいいっ! あ、あ、すげ、当たる、当たってるっ」
 智深の男たる部分に刺し貫かれる快感に憑かれたように明仁は自らも激しく腰を振る。身体の前では反り返ったチンポが揺れて、亀頭の割れ目から透明の粘液が糸を引きながら智深の引き締まった腹の上に垂れ落ちる。
「くっ、うぅ……あ、やめろ! やめろ智深!」
 ガマン汁をしとどに垂れ流している明仁のチンポを智深は再び掴んだ。身体の内側からの快感にどうにか抗っていた明仁は、身体の外側に突き出している快感のアンテナとも言うべき部分を掴み上げられ、追い詰められた声を上げた。だが智深は明仁の濡れた勃起を手放さない。
「いいんだよ、明仁……おれももう限界だから」
 言うと智深は手を素早く上下させて明仁の猛々しい部分を扱き上げながら、一際強く激しく腰を揺すりだした。智深と明仁の身体を繋いでいる部分がグチュッグチュッと湿った淫靡な音を立てる。
「うおぉっ! ぐうぅっ! お、おかしくなっちまうっ! そんなにされたら俺、よすぎておかしくなっちまうよォッ!」
「くっ、キツいっ。明仁、締めつけすぎだ……ぐうっ!」
 ドクン!と全身がチンポになったように強く脈動するのを智深は感じた。身体の奥から白い濁流が吐き出され、その度に快感が全身を駆け抜ける。
「あ、熱いっ! 熱いのが俺の中に……があぁっ!」
 智深の射精がはじまって間もなく、智深の手の中にある明仁の勃起チンポも強く弾けるように脈動し、再びドロドロと濃い白濁液を噴き出した。ガクガクと腰を震わせながら明仁は猛烈な勢いでビュッビュッと精液を飛ばす。生温かい粘液の雨が智深の発達した胸板や堅い腹を次々と叩く。
「ちくしょ……こんないい思いさせやがって……もう離れられねえじゃねえか」
 二回目の絶頂も長々と射精した明仁は悔しげに呟くと、智深の胸の上に倒れ込んだ。二発分の精液が、重なり合った二人の身体の間でヌルリとすべる。明仁の息もハアハアと荒かったが、精液にまみれた智深の厚い胸も乱れた息を整えようと大きく上下していた。
 再び身体を密着させてきた明仁を、智深はまた強く抱いた。よく鍛えられた抱き心地のいい身体だと思った。耳元に言う。
「離れなくていい。離れないでくれ、明仁」
「本気か、それ? ……十年我慢した甲斐があるってもんだな」
 ぐったりと重なった身体が智深の腕の中で小刻みに揺れた。密着しすぎて顔は見えないが、どうやら笑ったようだ。
「お前みたいに術法は使えないけどよ、智深」
 ようやく呼吸が整ってきたらしい明仁は半身を起こして、覗き込むように智深の顔を見下ろした。
「俺は武法の腕には覚えがある。お前の身に何事か起こっても、必ず俺が守る―――守ってみせる」
「頼りにしているよ、明仁」
 智深は両腕を明仁の首にまわし、引き寄せて口づけようとした。しかし明仁は苦笑しながら首を左右に振った。
「惜しいけどやめとこう。今キスされたら俺、また勃っちまう。……勃ったら我慢出来ねえしな」

(ここまで抜粋)

 

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